冬の高円寺のカフェで二人は

TEXT by Chisai Fujita


 美術館ではがきを売りたいとマリオが言ったとき、私は反対しなかった。
 必ずいつも同じカフェで、打ち合わせ。マリオの手伝いをはじめて数ヶ月、今では彼が言いたいことがだいぶ理解できるようになっていた。売りたいというはがきは既に準備されており、机に置いてある。
 「2枚一組で入れる、そのときはがきは交互に入れて。袋の左上に僕のシンボルのハートマークのシールを張る。チサイ、わかった?」
 このカフェは、食事が終わるとこぶ茶が出てくる。住宅街にあるカフェならではのシブいサービスだ。白人であるマリオが「あちちち」と言いながら、そのこぶ茶をすすっている。
 50組くらいその場で作った。早速、美術館に置き
にいきたい、とマリオが言うからだ。マリオに教わりながら、封づめをした。
 「売れるかな」
 私の不安をよそに、マリオは即答した。
 「売れるよ、だから、たくさん作ってね」
 手袋をはめながら、大量のはがきが入った紙袋を渡される。その重みで、私は気が滅入りそうになった。
 300組を次の日曜までに作るという約束だった。袋にシールを張って、はがきを封入する、単純作業だが時間はあまりなかった。じゃあ、と手を振って乗り込んだバスの中から作業がはじまった。
 約束の日曜日。会うなりマリオは言った。
 「こないだのはがき、もうないんだ。だから、もっと作って持っていく」
 高円寺のブランコがあるカフェで、朝8時。二人はモーニングを頼んでおきながら、コーヒーにもパンにも口をつけないで、もくもくと袋にシールを張る作業とはがきの封入を行った。
 湯気がたっていたコーヒーも、冷めていった。周りのお客さんも、何人も立ち替わっていった。1000組出来上がると、マリオは美術館へ行ってしまった。
 数日後、またいつものカフェで日曜日の話を聞いた。マリオが持っていったはがきは、すぐに売れてしまったそうだ。
 「作品は買わないのにはがきを買うなんて日本人は面白い」
 そう言ったマリオの飲むカプチーノからは、あたたかい湯気が立っていた。

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